医薬品の安全性に貢献するウイルス研究所 | 武田薬品

病原体ラボ

医薬品の安全性に貢献するウイルス研究所

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2024年9月2日
Thomas Kreil

トーマス・R・クライル Global Pathogen Safety laboratoryヘッド

トーマス・R・クライルは、朝起きるのにアラームを必要としません。オーストリア・ウィーンのGlobal Pathogen Safety laboratoryのヘッドとして働く使命感さえあれば、時間通りに目を覚まし、オフィスに到着できるからです。

「私たちはここで、胸躍る最先端の科学を取り扱っています。そして、仕事内容だけでなく、仕事に取り組むべき理由についてもやりがいを感じています」と、トーマスは述べています。彼は2000年にこの研究所を立ち上げ、それ以来、リーダーとしてチームを束ねています。このチームは、バイオ医薬品とワクチンの安全性を高めようとする世界的な取り組みにおいて、重要な役割を果たしているのです。

「私たちは人々の生活に大きな影響を与えています」と、トーマスは言います。「会社から給料をもらっていますが、安全性という観点で患者さんのために働いています」

トーマスはあまり公言しませんが、彼が設立した最先端の施設は、製薬業界全体に大きく貢献しています。それは単に、既知・未知のウイルスへの取り組みを通じて、卓越性や専門性を高い基準で確立しているからだけではありません。

このラボを特別なものにしているのは、研究を通して得たデータや知見を社外パートナーに積極的に共有する姿勢です。学術機関や規制当局、業界団体、患者団体、さらには競合他社とも協力しています。

Marc Eloit

マーク・エロイト PathoQuest創業者および同社科学顧問

フランスの試験受託企業PathoQuestの創業者で、同社の科学顧問を務めるマーク・エロイトさんも、このラボの透明性を認めています。マークさんがパリにあるInstitut PasteurのPathogen Discovery Laboratoryでヘッドを務めていた頃、タケダのチームと一緒に、血液製剤におけるヒトサーコウイルスの有無を調査したことがありました。

「この業界では珍しいことでした」と、同氏は言います。「私たちが、耐性の強いこのウイルスが肝炎を引き起こすリスクについて警鐘を鳴らしたとき、この業界で連絡をくれたのはトーマスただ一人でした」

さらに同氏は次のように続けました。「このウイルスが血液製剤の間で広がっている可能性があれば、タケダにとっても問題になったでしょう。しかし、タケダのチームは一貫して、透明性や迅速性、そして私たちの試験に進んで協力しようとする姿勢を示しました。彼らは、ヒトサーコウイルスが患者さんに及ぼすかもしれない潜在的なリスク1を理解していたのです」

「そのため、作業はとてもスムーズに進みました。しかも、数週間という異例のスピードで作業を終え、献血で提供された血漿の中に、このウイルスが広まっていないと結論付ける論文を共同で発表できました」

先駆的なラボの原点


パートナーシップを重視するこのラボの理念は、その設立初期にまで遡ることができます。一部の血漿分画製剤でC型肝炎ウイルスが発見されたのは、このラボが設立される少し前の1994年のことでした2, 3。そのため、「二度とこのような事があってはならない」という強い信念が、医療コミュニティにはありました。

生化学の博士号を持ち、現在もウィーン大学で准教授を務めているトーマスは、学術分野の経験から得た膨大な専門知識と厳格な基準を、この新しいラボに適用し、こうした信念を浸透させていきました。重要なデータを公開することも、その一つです。

このアプローチはすぐに効果を発揮しました。ラボが開設された2002年、米国ではウエストナイルウイルスが流行していました。そこで、米国食品医薬品局(FDA)は血漿分画製剤に関する安全性要件を改定しました4。改定内容の根拠には、このラボが発表したモデルウイルスデータが用いられていました。

その後も、このラボはインパクトのある試験結果を発表し続け、その数をどんどん増やしていきました。チームは、年間最低3本の発表を目標にしましたが、現在は平均8~10本を発表しています。例えば、血漿分画製剤の安全性に関しては、ウエストナイル、H5N1型インフルエンザ、E型肝炎、チクングニア、ジカ、サル痘といったウイルスの影響を調査し、それぞれの結果を公開しています。また、2019年末にCOVID-19が出現した際には、中国からこの新型ウイルスに関する最初の報告がなされてからわずか6週間で、この「SARS-Coronavirus-2」を最初に分離し、ウイルスの培養と分析的検査を最初に確立させたラボの一つとなりました5

Picture of Maria Farcet, director of Cell Culture, Virus Models & Serology

「バイオ医薬品を頼りにしている人は世界中にいます。そのバイオ医薬品の安全性を高めたいという熱い思いを原動力に、ここでは誰もが日々奮闘しています。研究結果を共有することも、この目標を達成する手段になります。同業者にデータをレビューしてもらうことが、研究結果を検証する一番の方法ですから。また、他の機関と協力してより良い結果につなげることはシンプルに、患者さんのための正しい行動でもあります」

マリア・ファルセット Cell Culture, Virus Models & Serologyディレクター

直近では、タケダのデング熱ワクチンの包括的な安全性テストを確立するために、記録的なスピードでラボを拡張しました。免疫グロブリン(IG)製剤で治療を受ける免疫不全の患者さんにおける風疹ウイルスについて、米国の疾病対策センター(CDC)と共同で研究を実施しました。こうした患者さんにおいて、早期診断の重要性をより明確化できました。また、ポリオ熱の根絶に向けた世界保健機関(WHO)による精力的な取り組みが奏功している現状でも6、IG製剤のポリオウイルステストは今後も継続していく予定です。その一環として、ポリオウイルスの超弱毒株(決して人に再感染できない)の開発に向けて、英国の国立生物学的製剤研究所(NIBSC)とも協力しています。

チームは昨年、Viral Clearance Symposiumを開催し、各国の規制当局や他の製薬企業から60名を越える代表者を迎えました。隔年で開催されるこのシンポジウムでは、治療介入における課題や不足、機会に正式に取り組むことで、ウイルスの安全性を最大限に高めることを目指しています。チームの目的は、情報を共有し、他の機関と協力していくことで、すべての人々の利益に資することです。このシンポジウムの成果も、『PDA(Parenteral Drug Association) Journal of Pharmaceutical Science and Technology』の特別版として公開されています7

バイオ医薬品の安全性を高める「熱い思い」を持つ文化


Global Pathogen Safetyラボに16年勤務し、現在ではCell Culture, Virus Models & Serologyのディレクターを務めるマリア・ファルセットは、このラボの理念には革新的なアプローチで患者さんの暮らしを豊かにしてきたタケダの長い歴史が反映されていると言います。

「バイオ医薬品を頼りにしている人は世界中にいます。そのバイオ医薬品の安全性を高めたいという熱い思いを原動力に、ここでは誰もが奮闘しています」と話し、次のように続けました。「研究結果を共有することも、この目標を達成する手段になります。同業者にデータをレビューしてもらうことが、研究結果を検証する一番の方法ですから。また、他の機関と協力してより良い結果につなげることはシンプルに、患者さんのための正しい行動でもあります」

このラボではさらに、ストリートアーティストによるスプレーアートという形で、私たちの価値観を表現しています。

この施設は現在、対応力を拡大し、バイオ医薬品、血漿分画製剤、細胞および遺伝子ベースの治療薬を対象にウイルスの有無を検査できます。この業界全体にわたる血漿蛋白製剤協会(PPTA)のGlobal Pathogen Safety作業部会でも議長を務めるトーマスは、このラボに対する評価は世界的に高く、数多くのトップクラスのウイルス学者が働きたいと思う場所として広く認知されていると指摘します。

「ある採用候補者に、わずかな差で採用を見送ることになったと伝えたとき、彼女は次の採用枠が出るまで待って必ずまた応募します、と言ってくれました。幸いこのケースでは、最終的に彼女の希望が叶いましたが、このラボの平均勤続年数は15年です。これは珍しいことです。」


  1. Li, Y., Zhang, P., Ye, M., Tian, R., Li, N., Cao, L....Zhang, C. (2023). Novel Circovirus in Blood from Intravenous Drug Users, Yunnan, China. Emerging Infectious Diseases, 29(5), 1015-1019. https://doi.org/10.3201/eid2905.221617Go to https://doi.org/10.3201/eid2905.221617.
  2. Bresee JS, Mast EE, Coleman PJ, Baron MJ, Schonberger LB, Alter MJ, Jonas MM, Yu MY, Renzi PM, Schneider LC. Hepatitis C virus infection associated with administration of intravenous immune globulin. A cohort study. JAMA. 1996 Nov 20;276(19):1563-7. PMID: 8918853.
  3. 厚生労働省「企業、医薬食品局が保有していた血漿分画製剤とウイルス性肝炎症例等に関する調査結果の精査について」https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/06/dl/s0623-20b.pdfGo to https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/06/dl/s0623-20b.pdf
  4. Kreil TR, Berting A, Kistner O, Kindermann J. West Nile virus and the safety of plasma derivatives: verification of high safety margins, and the validity of predictions based on model virus data. Transfusion. 2003 Aug;43(8):1023-8. doi: 10.1046/j.1537-2995.2003.00496.x. PMID: 12869106.
  5. WHO, COVID-19 Public Health Emergency of International Concern (PHEIC) Global research and innovation forum
  6. WHO, Poliomyelitis (polio)
  7. David Roush, Glen Bolton. Proceedings of the 2023 Viral Clearance Symposium: 2023 VCS Summary, Pending Questions, and Next Steps. PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology Mar 2024, 78 (2) 141-143; DOI: 10.5731/pdajpst.2024.002240