株主の皆さまへのCEOからの年次メッセージ|武田薬品工業
株主の皆さまへのCEOからの年次メッセージ
株主の皆さまへ
当社取締役会を代表し、2024年6月26日に開催される定時株主総会についてご案内させていただきます。
まずは、世界のマクロ環境とヘルスケア業界の主な動向、そして逆境を乗り越えながら事業の成長を実現させる当社の戦略についてお伝えいたします。
2023年度は当初の予想通り、後発品の参入による一部の主力製品の売上収益および利益が影響を受け、事業の面では厳しい1年となりました。しかし、CER(Constant Exchange Rate:恒常為替レート)ベースでのCore売上収益およびCore営業利益の対前年比の増減率は、マネジメントガイダンスを達成または上回ることができました。
そして、現在、後発品参入によるマイナス影響を乗り越え、再び成長軌道に回帰する時期について、明確な道筋が見えています。その原動力となるのが、成長製品・新製品および有望な新薬候補品である革新的なパイプラインです。大きく前進した私たちのパイプラインについて述べる前に、当社を取り巻く環境についてお伝えできればと思います。
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まずは世界経済の動向について見ていきましょう。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な大流行(パンデミック)後のインフレへの対応策について、様々な兆候がみられるものの、本レターを執筆している時点では、まだ経済指標からインフレが落ちついた様子は見受けられません。ビジネス界では今後数カ月の経済動向も見通せない状態にあります。
地政学的にみると、過去20年に例を見ないほど、さまざまな産業分野および地域で緊張が高まっています。
ロシアによるウクライナ侵攻が現在も続く中、イスラエルとガザでも悲劇的な状況が起こり、それが引き金となって中東全体で緊張が高まる様子を私たちは目の当たりにしています。こうした状況下において、私たちの優先事項は、まず従業員と業務委託先の関係者の方々の安全と、当社の医薬品を必要とする患者さんにそれらを供給し続けるための手段を確保することです。ウクライナでは、患者さんと従業員への人道的支援を含むサポートを継続して実施しています。そして、ロシアにおいては、同国に課せられているすべての国際制裁に従い、患者さんの命にかかわる医薬品の供給や、従業員に対するサポートを除き、すべての活動を停止しています。中東においては、患者さんからの通常の需要に対応できるだけの十分な量の医薬品を現地で確保しています。
中国と米国やその他の特定諸国との間における緊張状態は依然として続いています。私は、ヘルスケアおよび貿易分野の政策が、患者さんや社会に悪影響を及ぼし、医薬品をとりまくエコシステムが政治的な取引手段として利用されることがないよう望んでいます。バイオ医薬品のイノベーションは多様化が進んでおり、世界的な広がりを見せています。例えば、過去5年間で欧州、米国、および日本で承認された新規医薬品は200以上あるわけですが、その申請は114に及ぶ企業および機関によって行われており、それらの本社の所在地を見ても19カ国と広く分散しています1。このように、さまざまな場所からイノベーションが創出されることは、大変に素晴らしいことであり、こういった土壌は今後も必ず守られなければなりません。医薬品業界が地政学的に分断された場合、必要とされる医薬品を患者さんのもとへお届けすることができず、結果として業界として発展していくことができません。しかし、残念ながら現在、例えば米中間では、医薬品業界の発展に必要不可欠だと私が強調したこととは相反する政策がとられる傾向にあり、一方の国で創出された医薬品がもう一方の国ではアクセスできないといった例も見受けられます。
当社は、他社との提携やイノベーションへのアクセスの重要性を認識しつつも、こうした地政学的な緊張に伴うリスク、ならびに中国の法的環境を慎重に捉え、それらを踏まえた事業戦略を策定しています。両国のさらなる経済的分断のリスクから当社の事業を守るため、取引先やバリューチェーン上での依存を避ける戦略を取っています。中国は世界で3番目に大きな医薬品市場であり、当社事業においても重要な成長ドライバーですが、売上収益全体に占める割合は5%未満であり、当社の重要なグローバル製造拠点は欧州、米国、日本に置いています。中国での事業に関しては、また後述させていただきます。
1Evaluate Ltd, 2024-4-18(参照日)COVID-19によるパンデミックがようやく収束した今、世界における健康の公平性に影響を与える根本的な問題はより検討しやすい状況になりました。私は数年前から、健康の公平性に関する当社の見解を皆さまにお伝えしてきました。具体的には、治療の成果や質に対して対価を支払う「価値に基づく医療(バリューベースヘルスケア)」制度への移行や、次なるパンデミックへの備えとして世界全体で公平にワクチンを接種できるようにするための環境整備や、知的財産権の保護が研究開発への投資促進には必要不可欠であること、などについてです。
世界の医療制度の多くは、その設計からすでに数十年が経過していますが、現在は当時よりも平均寿命が伸び、高齢化が進み、医療は飛躍的に進歩しています。そのため各国は、高齢化していく社会において、より良い医療を提供しつつ、医療費も削減しなければならないという難しい状況に置かれています。これは簡単に解決できる問題ではありません。平均寿命が伸び続け、科学的革新が続く現代において、より良い医療を提供しようとした場合、医療費はGDPを上回るスピードで増やさざるを得ない状況です。医療費は年齢と共に大幅に増加するものであり、特に65歳以上ではその傾向が顕著になります。そして現在の予測では、2050年までにこの65歳以上の人口が世界全体で15億人、つまり2022年の倍に及ぶとされています2。
こうした状況に伴って、製薬業界も厳しい状況に直面しています。現在の医療費の保険償還制度では、現代社会が求める革新性の高い医薬品の開発に必要なだけの研究開発費を維持することが難しい状態にあります。そもそも革新的な医薬品を開発するには膨大な時間と資金が必要で、しかも開発が成功する保証はありません。これに加え、知的財産権の侵害や、英国や多くのEU加盟国でみられる想定し難い、しかも急増するクローバック率(あらかじめ定められた薬剤費に対する政府支出が超過する場合に、製薬企業が薬価差の還付を行う償還割合)の上昇などは、研究開発やイノベーションへの投資をさらに取り組みづらい環境にさせています。
イノベーションを犠牲にすることなく、革新的な医薬品へのアクセスを改善することは重要であり、そして可能だと信じています。しかし残念ながら、欧州での医薬品の研究開発および製造の将来に影響する規制の枠組みである、薬事改革パッケージに関する欧州議会の最近の決議法案は、革新的な医薬品へのアクセスとイノベーションを両立させるものではありませんでした。その後に改正案として出されたものは、欧州委員会の当初の提案より改善されてはいますが、それでも、知的財産権の一部である、薬事規制上のデータ保護期間(RDP)とオーファンドラッグに対する市場独占期間(OME)が短縮されています。これからも患者さんに革新的な医薬品を継続的にお届けしていくため、欧州が知的財産権に対して充分なインセンティブを確保していくことは非常に重要です。革新的な医薬品への公平なアクセスがない点やその他のさまざまなEUの医療格差は、必ずしも有効な医薬品や知的財産権の存在に起因しているわけではありません。これらは、EU加盟各国の医療制度が統一されていないことによるものであり、制度の改革が必要なことは明らかです。
私たちは現在の診療報酬制度から、データを活用し、治療による成果と質に対する対価を支払うアプローチであるバリューベースヘルスケア制度に移行することで、より多くの人々が医薬品にアクセスでき、医療費の拡大ペースを抑制し、結果的に健康格差を改善することができると考えています。
民間と公的な保険制度が存在する独自の医療制度を有する米国は、誰もが認めるように医療革新を積極的に推進しています。米国の医薬品業界は強固な基盤を持っていますが、それでもすべての患者さんが医薬品にアクセスでき、誰にとってもより良い形で保険が適用されるという公平性とイノベーションを追求できる環境の両立は容易なことではありません。これまでも私たちは、メディケアパートD(公的高齢者保険薬剤給付プラン)における自己負担額の上限設定や、給付期間を通じた患者さんの負担額の平滑化など、制度の部分的な変更を支持してきました。それでもさらに、医療制度の全般的な有用性向上に向けた努力を継続していく必要があると考えています。イノベーションを犠牲にすることなく、医薬品をより手の届きやすい価格で利用できるようにすることは可能です。インフレーション抑制法(IRA)による意図しない結果を回避するには、さらなる改善が必要ですし、現在のサプライチェーンにも抜本的な改革が必要でしょう。そうした中、私たちが今年その必要性を強く感じているのは、薬剤給付事業者(Pharmacy Benefit Managers:PBM)の改革です。そのため私たちは、定価(製薬会社の卸売価格)と償還を切り離そうとする米連邦議会の活動を支持しています。現行制度は複雑であり、本レターで詳細を述べることは控えますが、ここでのポイントは、現行では革新的な医薬品に対するインセンティブに不均衡が生じており、それが結果的に医療制度にかかる費用や患者さんの自己負担額の増加につながっているということです。
こうした課題を解決する一つの手段としては、高い透明性の確保が挙げられます。患者さんが治療法を決める時点で治療薬の価格に対して透明性が確保されていれば、その患者さんは自己負担額を把握した上で意思決定を行うことができます。このように医療費負担の一連の流れの中で透明性を高め、患者さんの自己負担の増加につながってしまうような制度の不備をなくしつつ、一部の関係者だけが利益を享受するような状況を避けることができれば、医療制度全体の費用を抑えられるはずです。
一方、日本では、ここ約10 年にわたって業界のイノベーションを起こす力を低下させる薬価政策が取られてきましたが、昨年の薬価制度改定ではイノベーションを促す方向へ転換する兆しが見えました。独占販売期間の満了に伴う厳しい薬価引き下げは依然としてあるものの、医療費を抑制しながらも、イノベーションを促進していく方法が議論されていることは歓迎できます。当社では、日本のサイエンスの進歩を活かして革新的な医薬品を創出するため、私たちにできることを可能な限り実施しています。例えば、当社の研究拠点の1つを置く神奈川県の湘南ヘルスイノベーションパークでは、独自の革新的なエコシステムを構築してきました。
中国では、急速な高齢化に対応し、また高所得経済国入りを果たすため、国民の健康を重視し、製薬分野のイノベーションを促進する政策を進めています。中国の医療制度は急速に改善しつつあり、バイオ医薬品産業は、中国の経済成長にとっての主要注力分野に位置付けられています。意外にも、現在世界のバイオ医薬品企業トップ20社に中国企業は1社も入っていません。しかし、私は、将来的にはここに中国企業が入ってくるものと確信しています。リスク管理の必要性について前述しましたが、それでも当社は、そうした新しいトップ企業と共にイノベーションに取り組んでいける準備を整えていきます。
当社は中国でイノベーションを推し進める最前線に立っており、ここ数年で14もの新製品を上市しました。この数は、中国で事業を展開するグローバル製薬企業の中で最多です。このような多数の医薬品の上市に加え、中国では国家保険償還リストを通じて患者さんが医薬品にアクセスできる機会が急速に拡大しました。中国のより多くの患者さんに可能な限り早く、当社の革新的な医薬品をお届けしたいという私たちの願いも実現しつつあります。当社の中国ビジネス ユニットは2020年以降、売上収益の2桁成長が続き、市場全体を上回るペースで成長しています。販売実績としては、2023年には当社はグローバル製薬企業のトップ10の中に入りました。中国は当社の研究開発戦略で引き続き重要な役割を担っており、将来的には、米国、日本、欧州と完全に足並みをそろえた開発および薬事申請を実施していきたいと考えています。
2出典: United Nations, World Population Ageing 2019, https://www.un.org/en/development/desa/population/publications/pdf/ageing/WorldPopulationAgeing2019-Highlights.pdfヘルスケア業界を取り巻く前述の環境下において、当社は成功を収めるための戦略を実行していると私は強く確信しています。人々の暮らしを豊かにする革新的な医薬品の創出に注力することで、当社は薬価の引き下げ圧力による影響にある程度は対応できており、データ・デジタル&テクノロジー(DD&T)への取り組みを進めることで、より素早く、質の一層高い革新的な医薬品を創出し、さらには私たちの働き方の効率性を高めています。
これらすべては、当社で働く従業員がいて初めて成り立つものです。私たちは世界のどこで事業を展開しようとも、誰もがその能力を伸ばし、共通の目標に対して意味のある貢献を果たすことができる包括的な組織であることを常に目指しています。そのために、当社は絶え間なく変化する外部環境に適応し、従業員が業界をけん引する存在となるよう支援する必要があります。私たちは、業界の最前線とは、これまで以上に患者さんに貢献できるようにすることと定義していますが、これは急速に発展するデジタルと人工知能(AI)の活用が決定打となると考えています。
2023年はヘルスケア業界のみならず、世界中のあらゆる業界でデジタルテクノロジーとAIに対する一般的な認識に大きな変化が生まれました。この後の「デジタルトランスフォーメーション」のセクションでもお伝えしますが、私たちはそうした技術を活用し、持続的かつ大きな価値を創造しようとしています。また、将来に向けて、必要な能力を持つ人材を社内で積極的に育成しています。さらに、デジタルを意識的に活用することや、テクノロジーを通じて業務のあらゆる場面でイノベーションを起こすことを従業員に奨励しています。私たちは、全社的な規模でデジタルとAIを活用できてこそ、その恩恵を最大限享受できると考えています。
また、当社は2024年初め、「Global Top Employer 2024」に7年連続で認定されました。世界でこの認定を受けた企業はわずか17社であり、当社はその1社として名を連ねていることを誇らしく思います。Top Employers Instituteは毎年、より良い職場づくりに真摯に取り組み、そのために適切な施策を通して具体的に活動を実施している組織を認定しています。その評価項目は、人事戦略(People Strategy)、職場環境(Work Environment)、採用(Talent Acquisition)、人材研修(Learning)、ダイバーシティ&インクルージョン(Diversity & Inclusion)、ウェルビーイング(Well-being)など20項目に及びます。その他にも当社はこの1年で数々の認定を受けており、Equileap社の「2024 Gender Equality Report & Ranking」でもトップ100社に数えられています。
倫理的で価値観に基づく企業文化の醸成
当社の特徴のひとつに、価値観に基づき事業を行っていることが挙げられます。私たちが常に社会から求められる企業であり続けるために、意思決定を行う際には必ず、私たちの価値観であるタケダイズム(誠実:公正・正直・不屈)に照らし合わせています。そして、「1.患者さんに寄り添い(Patient)、2.人々と信頼関係を築き(Trust)、3.社会的評価を向上させ(Reputation)、4.事業を発展させる(Business)」の順番で行動することを指針としています。信頼関係の構築と社会的評価の向上を織り込んだ意思決定を行うことは、誰にとっても好ましい結果を生み出すことにつながるだけでなく、それこそが当社の事業を発展させていく唯一の持続可能な方法であると、私たちは考えているのです。
当社では、入社時の研修から実践的かつ倫理的な意思決定の際や、普段の対話にいたるまで、さまざまな仕組みと学習プログラムを通じて、タケダイズムに基づく企業文化を醸成しています。2023年の従業員体験アンケートの結果からも、当社には価値観を重視する企業文化が根付いていると感じている従業員は、仕事により積極的であることが明確に示されていました。そうした従業員は、仲間との一体感や会社から期待されているという意識が強く、また自身の意見が尊重されていると感じており、会社の目標を達成するためのより良い方法を積極的に見つけようとしています。
またこのアンケートでは、企業の価値観に従うことと、事業を発展させていくこととの間に存在する製薬業界に内在する課題とも言える葛藤を従業員が抱えていることも示されていました。
製薬業界で働く私たちにとって、人々の暮らしを豊かにする医薬品を創出し、それらを患者さんにお届けすることは大きなやりがいですが、同時に、利益を追求し続けていく必要があり、それらを常に両立させることは容易ではありません。この点において当社では、従業員が常に倫理的な意思決定を行い、当社の価値観に従って行動してこそ、真に持続可能な事業を展開していけるものと考えています。
倫理的な課題に対応していくことは、将来の成功にとって極めて重要です。倫理的な意思決定が行えるようになるには、まず正しいことを実践するための知識と能力、ならびにそのための支援が必要です。
そこで当社では、「ラーニング ウィズ インテグリティ(Learning with Integrity)」というプログラムを通じて、リーダーの倫理的な判断力を強化しています。こうしたプログラムを活用することで、各リーダーは、当社の行動指針にある、人々と信頼関係を築き、社会的評価を向上させることと、事業を発展させることの両立が難しいような状況においても正しい判断を行える土台を築いています。また、リーダーが当社の価値観であるタケダイズムに基づく意思決定フレームワークを用い、不確実な時代の中でもリーダーシップを発揮できるよう支援しています。
柔軟性と人と人とのつながりを促進するために
私たちの目標は、理想的な職場環境と企業文化を創造することです。一方で「理想的な」という言葉は軽々しく用いられるべきではないことも理解しています。そのため、私たちのリーダーシップチームでは、この目標を有意義な取り組みと方針をもって、実現を後押ししようとあらゆる努力をしています。私たちは従業員の働き方を継続的に理解し、最適化していくため、外部調査内容の検討、出社状況や従業員アンケートの結果など、さまざまな方法で収集されるフィードバックを社内で分析しています。
より柔軟な働き方は、製造現場、営業現場、またオフィスなどの所属先に関係なく、すべての従業員にとって重要なテーマです。当社で採用している出社と在宅勤務を組み合わせたハイブリッド型の働き方については、役割やチーム、地域によって状況がそれぞれ異なることを踏まえ、その運用を各リーダーに任せています。各リーダーが対面でもオンラインでもチームを効果的に導いていけるよう、必要な学習機会や支援も提供しています。徐々にではありますが、従業員自身が自分にとって最適な運用方法を会得することで、グローバル全体で働き方に著しい変化が見られました。
私たちは、イノベーションの促進や一体感の醸成を目指して、オフィス内にコラボレーションを促進するスペースを設けるなど、最適なオフィス環境の整備に努めています。学びやコラボレーション、人と人との良好な関係は、対面でこそ最大限に高まるものであり、これによって患者さんのためのイノベーションを加速できると、私たちは信じているからです。また、対面かオンラインに関係なくコラボレーションを効率的に進められるよう、デジタルツールへの投資も行っています。
ケアリングリーダーシップ
当社のマネジメントおよびメンターシップの考え方について説明する際に私たちは、「思いやりを持ったリーダーシップ(ケアリングリーダーシップ)」という言葉を使っています。ここで重要になるのは、シニアチームメンバーが他のメンバーのフィードバックに耳を傾け、そこから学ぶということです。リーダーである私たちは、仲間の潜在的な能力を引き出し、彼らが大きな変化や課題にうまく対応していけるよう支援しなくてはなりません。ケアリングリーダーシップとは、単に「親切にする」といったことではありません。仲間とより良い関係を築き、好奇心を追求し、その能力を大いに発揮できる支援的な環境をつくることを意味します。
私たちは、人々の健康は地球の健康と密接に結びついていると考えています。そのため当社では、環境への責任を創薬の段階から事業のすべての側面に取り入れることを指針としています。
当社では、事業に伴う環境負荷を軽減すること、そして地球環境に起因する重大な健康課題に関して科学的知見を活用しています。こうした取り組みを含む当社の環境課題に向けた総合的な活動に関する情報は、当社のウェブサイトの「いのちを育む地球のために」のセクションと2024年7月1日に公開予定の年次統合報告書でご紹介します。
当社の事業活動およびバリューチェーン全体における脱炭素化は、私たちの取り組みの中心となるものです。それは、例えばエネルギー使用量の削減や再生可能エネルギーへの転換、水使用量や医薬品の包装材に関連する課題への取り組み、また、バリューチェーンにおける温室効果ガス排出量の削減に向けた協力体制の構築などに表れています。
さらに、当社は、2020年よりカーボンニュートラルの維持(2019年度にカーボンニュートラルを達成)に努めてきましたが、2024年度からは、カーボンオフセットの購入を通じた実現を目指すのではなく、炭素除去プロジェクトへの投資へと移行します。これは、科学的根拠に基づくイニシアチブ(SBTi)の企業ネットゼロ基準に鑑み、2035年までに当社の事業活動に関連する温室効果ガス排出量を、そして2040年までにバリューチェーン全体の温室効果ガス排出量を、ネットゼロにしようとする取り組みの一環となります。
私たちは、気候変動が起きているという現実を、事業のあらゆる意思決定において考慮していかなくてはなりません。最も楽観的なシナリオでも、地球の気温は少なくとも今後10年間は上昇を続けることが明らかになっており3、その影響は、私たちの健康や生活に広く及ぶはずです。例えば、疾患の種類、流行範囲や有病率が変化したり、結果として大量の移民や難民が発生する可能性があります。私たちは企業として、脱炭素化だけでなく、気候変動に伴う人々の健康へのネガティブな影響を減らすために、私たちにできることを行わなければなりません。 デング熱ワクチンのQDENGAを開発してお届けしているのも、その一環になります。
新たな世界的パンデミックが発生するリスクへの備えも必要です。この点に関して、世界の関係機関はまだ準備不足だと思われます。
また、豊かな生態系と生物多様性は、環境、人々の健康、そして経済にとって、欠かすことのできないものです。私たちは自然への影響を最小限に抑えつつ、当社の事業に影響し得る環境面のリスク要因の特定に努めています。こうした活動の一環として、2024年1月に当社は、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の推奨項目を採用しました。当社は、この推奨項目を最初に採用した企業のうちの1社です。2026年度には、当社の環境に対する依存度、影響、リスク、機会を特定し、その内容を評価して、当社のその他のサステナビリティ関連の開示項目と合わせて公表する予定です。
当社にとって、イノベーションは環境持続可能性に対する取り組みの中核をなすものです。シンガポールでは、バイオテクノロジー業界で初めて、施設内の消費量を上回るエネルギーの生産が可能な施設を建設しました。またウィーンにある当社最大の製造拠点では、排出されるCO2を最大80%削減できる画期的なヒートポンプシステムを導入しました。また後述する私たちのデータ・デジタル&テクノロジー戦略は、環境に関する取り組みでも重要な役割を果たしています。例えば大阪工場では、蒸留水の使用量を年間約46万リットル削減し、年間200万リットル以上の上水の使用量削減につなげました。これは、水を使用するすべてのポイントにセンサーやモニターを設置し、取得したデータを総合的に分析することで、水使用量を最適化し、ベストプラクティスを標準化できたことによるものです。他にも、電力消費量の削減や、太陽光など環境に優しいグリーンエネルギーの利用拡大、環境データとパフォーマンスの可視化と予測、製品ライフサイクルへの持続可能性に関する方針の導入、グローバルサプライチェーンにおける回復力強化のためのプロジェクトも実施しています。詳しくは、当社ウェブサイトのサステナビリティに関するページをご覧ください。このページには、取り組みの詳細や最新の報告事項を掲載しています。
3出典:Climate change widespread, rapid, and intensifying – IPCC, 2021-08-09, https://www.ipcc.ch/2021/08/09/ar6-wg1-20210809-pr/2023年度、私たちの価値観であるタケダイズムに基づき、デジタルを積極的に活用する考え方とともに、レジリエンスと適応力をばねに、経済的な逆風や競争圧力に直面した難しい年度を乗り越えることができました。前述の通り、2023年度は当社の事業にとって厳しい1年であり、後発品の参入による強い逆風が売上収益および利益に影響しましたが、私たちは、後発品による売上収益へのマイナス影響を成長製品・新製品の継続的な拡大で相殺し、通期の財務目標を達成することができました。
2024年度においては、逆風も成長機会もあります。成長製品・新製品の伸びにより、一部相殺できるものの、特に米国でのVYVANSE(国内製品名:ビバンセ)など、後発品参入によるマイナス影響は継続するものと予想されており、恒常為替レートベースで売上収益は横ばいからやや減少するものと見通しています。このVYVANSEの売上収益の継続的な減少に起因して、恒常為替レートベースでCore営業利益の約10%減、Core EPSの10%台半ばの減少を見込んでいます。しかしVYVANSEの後発品参入によるマイナス影響が収束し、成長製品・新製品が引き続き売上を伸ばしていくことから、2025年度以降、売上収益および利益ともに成長軌道に回帰することができると考えています。成長製品・新製品は2030年まで重要な成長ドライバーであり続けると見通しており、2025年度以降2030年までは後発品参入による影響も極めて限定的とみています。
加えて、今後数年間にわたり、研究開発において厳格な優先順位付けと注力分野の選定を行うとともに、組織の機動性を向上させ、社外支出の最適化による調達コストの削減に取り組みます。これにより、データ・デジタル&テクノロジーを活用し、後期開発段階のパイプラインの上市に向けた取り組みを進めつつ、Core営業利益率を30%台の前半から半ばにまで改善する道筋が明確に見えてきます。
財務実績の詳細と今後の見通しについては、当社ウェブサイトをご覧ください。
2024年度に1株当たり年間配当金を196円へ増配するという計画に加えて、この成長軌道へと回帰、利益率の向上、そしてパイプラインの推進が魅力的な株主価値の提供につながるものと確信しています。
当社は世界中の人々のために革新的な医薬品を創出し、お届けすることを目指しています。そこで重要になるのが、研究開発を成功へと導く力と、そうして生み出した治療薬やワクチンを患者さんやコミュニティにお届けする力です。研究開発の話に入る前に、まずは当社の成長製品・新製品のうち2つの重要な製品である、ENTYVIO(国内製品名:エンタイビオ)とQDENGAについてご説明します。
炎症性腸疾患の患者さんに治療の柔軟性と新たな治療選択肢を
ENTYVIOは潰瘍性大腸炎とクローン病の治療薬で、当社の売上収益に最も貢献している製品です。欧州でも米国でも炎症性腸疾患市場を上回るペースで成長しており、米国では、炎症性腸疾患全般および炎症性腸疾患治療に対して新規で生物学的製剤を使用する患者さんにおいて、最も処方されている治療薬としてそのシェアを維持しています。
2023年11月には、中等症から重症の活動期潰瘍性大腸炎の維持療法として米国でENTYVIOの皮下投与製剤/PENを上市し、患者さんは新たな治療法の選択肢を得て、より柔軟に治療に向き合えるようになりました。また2024年4月には、クローン病に対する承認も取得しました。この皮下注製剤は欧州でも成長しています。ENTYVIOは現在、静脈注射と皮下投与の両方の選択肢を持つ唯一の維持療法薬となっています。
デング熱によって増え続ける負担軽減に向け
デング熱ワクチンであるQDENGAを、1年ほど前に、最初の国で上市して以来、現在、世界20カ国以上の人々にお届けできていることを誇りに思います。その中には、この製品の必要性が極めて高いデング熱流行国も多く含まれており、このワクチンへのニーズは現在も拡大しています。2023年は、デング熱の患者数や罹患規模の著しい拡大に加えて、複数地域で同時に流行するケースもあり、これまでデング熱の影響を受けなかった地域への広がりも見られるなど、デング熱の症例が世界的に急増しました。その結果、この感染症に対する懸念が世界的に広がり、影響を受ける地域に住む人々にワクチンが届くよう、デング熱流行国の政府とのワクチン供給に関する議論が活発化しました。それによって、当社の製造能力が逼迫する事態も発生しましたが、私たちは現在、生産量を拡大させるために全力を尽くしています。QDENGAを必要とする地域は現在も増え続けていますが、デング熱の流行拡大を抑えるため、そうした地域の人々と協力する活動にも精力的に取り組んでいます。
私たちは、2030年までにQDENGAの年間供給量を1億回接種分まで拡大させることを目指しています。そのため、当社のドイツにあるシンゲン工場と、当社がかねてから製造委託契約を結ぶドイツのIDT Biologika GmbH社における既存の製造に加え、新たにインドのBiological E.社と製造パートナーシップ契約を締結しました。同社では、年間で最大5,000万回接種分のワクチン製造を行う予定です。
デング熱の流行が世界中で急速に拡大していることを受け、私たちは、より速く、より多くの供給を可能にできるよう注力してまいります。
2023年度には3つの新製品の承認を取得
2023年度は、米国において3つの新規候補物質の承認を取得するなど、当社のパイプラインおよび成長製品・新製品ポートフォリオの力強さを示しました。
そのひとつであるEOHILIAは、2024年2月に米国食品医薬品局(FDA)より承認されました。EOHILIAは、食道に瘢痕や狭窄を引き起こし得る慢性の炎症性疾患である好酸球性食道炎(EoE)の適応を取得しています。私たちは、この革新的な治療薬を承認からわずか1週間という短い期間で米国の患者さんおよび医療従事者のもとに届けることができました。
2023年11月には、転移性大腸がんに対する最初で唯一の選択性を有する阻害薬として、FRUZAQLAが米国FDAより承認されました。このタイプのがんに対してバイオマーカーのステータスや過去の治療歴にかかわらず適応が承認された分子標的治療薬としては、ここ10年以上の間で初めてとなります。
さらに、先天性血栓性血小板減少性紫斑病(cTTP)治療における、初めてかつ唯一の遺伝子組換えADAMTS13酵素補充療法として、ADZYNMAが米国FDAより承認され、この希少な疾患に苦しむ患者さんに新たな治療選択肢を提供できるようになりました。
臨床第3相試験段階にある有望な開発プログラム
2024年度は、大きな価値をもたらす可能性を持つ最大6つのプログラムで臨床第3相試験を実施する予定です。これらの開発品が承認されれば、世界全体で数百万人もの患者さんの治療に貢献でき、当社の売上収益にも大きく貢献するものと期待しています。現在明らかになりつつあるデータはどれも期待できるもので、学術的進展も加速しており、引き続き、当社の重点疾患領域において、より多くの患者さんに貢献できる可能性が広がっています。
2024年度中に臨床第3相試験を実施する予定のプログラムは以下の通りです。
- Zasocitinib(TAK-279):乾癬および乾癬性関節炎の治療薬
- TAK-861:ナルコレプシータイプ1の治療薬
- Soticlestat(TAK-935):レノックス・ガストー症候群およびドラベ症候群の治療薬
- Fazirsiran(TAK-999):α-1アンチトリプシン欠乏症による肝疾患の治療薬
- Mezagitamab (TAK-079):免疫グロブリンGが介在する希少な自己免疫疾患である、持続性もしくは慢性の一次性免疫性血小板減少症(ITP)の患者さんを対象とする治療薬
- Rusfertide:希少かつ慢性の血液疾患である真性多血症の治療薬
ここからは、このうちの4つについて詳しくご説明します。
Zasocitinib(TAK-279)は選択性の高い次世代の経口アロステリックチロシンキナーゼ2(TYK2)阻害薬です。現在は、中等度から重度の尋常性乾癬患者さんを対象に、経口対照薬を用いた臨床第3相試験への患者さんの登録を順調に進めています。また、中等度から重度の尋常性乾癬に対してすでに承認されている第1世代のTYK2阻害薬との比較試験も、まもなく開始する予定です。2023年度には、乾癬性関節炎に対する臨床第2b相試験で有効性および安全性に関する良好なデータが示されています。2024年度上半期には、乾癬性関節炎において2つ目の臨床第3相試験を実施する予定です。TAK-279には、クローン病や潰瘍性大腸炎をはじめとするさまざまな免疫介在性の炎症性疾患を含め、複数の疾患において、重要な治療選択肢となる可能性があります。また当社には、この革新性の高い有望な治療法を世界中の患者さんに届けるために必要なグローバルなネットワークと専門性があります。
TAK-861は、当社のオレキシンフランチャイズの重要な一角を占める経口オレキシン2受容体(OX2R)作動薬で、ナルコレプシータイプ1の根本的な病態生理に即した初めての治療法として、患者さんに大きく貢献できる可能性があります。臨床第2b相試験の良好な結果を受け、OX2R作動薬として初の国際共同臨床第3相試験を2024年度上半期に開始すべく、現在準備を進めています。
soticlestat(TAK-935)は、脳に存在する酵素を抑制し、脳の過剰興奮を抑える作用を有する薬剤で、発作制御を改善する可能性があります。この薬剤では、いまだアンメットニーズの存在する2つの希少小児てんかん(ドラベ症候群とレノックス・ガストー症候群)に対して、新しい治療選択肢を提供することを目指しています。 2024年度上期には2つの臨床第3相試験のデータリードアウトを実施し、下期には規制当局への申請を行う予定です。
fazirsiran(TAK-999)は、α-1アンチトリプシン欠乏症による肝疾患の治療薬として、Arrowhead Pharmaceutical社と共同で開発するファースト・イン・クラスのRNA干渉治療薬(RNAi)となる可能性があります。臨床第2相試験では、血清中および肝臓の変異蛋白質量の大幅な減少という良好なデータが得られました。これは、炎症の改善や治療後の肝線維化の好転につながるものです。これを受け、現在は臨床第3相試験を実施しています。
こうした6つの有望な後期開発品と並行して、臨床開発の早期から中期開発段階でファースト・イン・クラスまたはベスト・イン・クラスの治療法となることが期待されるプログラムを数多く進めており、これらを通じて当社のパイプラインをさらに強化していきます。2024年度も皆さまに研究開発の新たな成果をお伝えできることを今から楽しみにしています。
研究開発は持続的成長の基盤ですが、そこには多大な先行投資が必要であり、根本的なリスクを伴います。各治療薬候補を進展させるための長期間にわたる投資を行うにあたり、私たちは絶えず規律をもって費用を管理しなければなりません。2024年度は、臨床第3相試験に入る極めて有望な後期開発品に十分な資金が配分されることを念頭に、研究開発費を緩やかに増やします。パイプラインが後期開発段階に入るということは、治験に参加していただく患者さんの数も増え、研究期間も長くなり、臨床評価項目も複雑になり、製造コストも増加します。そのためより多くの費用が必要となります。しかし私たちは同時に、研究開発の効率性を最大限に発揮し、パイプラインおよびポートフォリオの優先順位付けを機動的に行うことで、投資を慎重に管理していきます。その際に大きな役割を果たすのが、データに基づく知見です。私たちはAIを含むデータ・デジタル&テクノロジーの力を研究開発全体で活用することで、革新的な医薬品の創出や供給をより迅速に、またより質を高めて遂行できる方法を見出しています。こうしたテクノロジーによって、効率的な臨床試験の実施、製造過程の自動化、迅速な意思決定を行うことができるようになります。そして、患者さんに革新的な医薬品をより迅速にお届けすることができるようになります。
こうしたバランスの取れたアプローチを採りつつ、業務プロセスの簡素化とマネジャーの権限拡大を通じて組織の機動性を向上させることで、ポートフォリオやパイプラインにある最も有望な治療法を特定して投資することが可能になると信じています。加えて、利益率を高めて将来のリスクに備える体制を整え、株主の皆さまに魅力的なリターンを提供することも可能になります。
ここからはデータ・デジタル&テクノロジー(DD&T)戦略についてご説明します。これは当社の今後の基盤となる分野ですので、少し詳しくお伝えしていきます。AIを含む最先端のテクノロジーを活用し、データ主導の知見を事業活動のあらゆる面に取り入れていくことで、業務をより迅速かつ効率的に進められるようになります。
デジタルトランスフォーメーションの一環としてAIを取り入れることは、事業活動のイノベーションを促進し、生産性を向上させ、効率性を高め、プロセスを合理化するなど、ビジネスのあらゆる側面で効果を発揮します。そして格段に高い精度のデータに基づいた意思決定を可能にし、業界のリーダーとしての私たちの地位を確固たるものにします。
私たちは現在、テクノロジーの活用を拡大させていますが、その際は必ず、倫理的な意思決定や当社の価値観フレームワークに厳格に基づいて実施しています。またDD&Tは、持続可能な事業モデルを構築するための、そしてヘルスケアやライフサイエンスの分野における変化を後押しするさまざまな要素に適応するための手段にもなります。変化を後押しする要素には、人口の高齢化、前述のような地政学上の緊張、サイバーセキュリティの脅威、国・地域ごとに異なる規制などがあります。
組織のあらゆる側面にDD&Tを取り入れていくことで、私たちはより効率的に治療薬を開発し、患者さんにお届けできるようになります。当社のDD&T戦略は長期売上予測に基づき、今後10年を一区切りとして、上市済みの製品の成長および研究開発パイプラインの前進を支えるように策定されています。
バリューチェーン全体でデータとデジタルを活用
私たちは、バリューチェーン全体でデータ・デジタル&テクノロジー(DD&T)を幅広く活用していくことを目指しています。
製薬企業のパイプライン開発は従来、研究室で高度な専門性を持つ化学者と技術者が有望な分子や化合物を物理的に取り出し、テストするという方法で進められてきましたが、創薬の分野では、すでにデータとAIによって新しい道が切り開かれつつあり、何千もの新規候補物質の特定とその初期テストをデジタル上で実施することでその期間を一気に縮めるなど、治療薬の開発プロセスを大きく変化させています。タケダでは今後、従来型の科学的研究とデジタル技術を活用した方法の両方によってパイプライン開発を進めていくことになります。
臨床試験においては、デジタルイノベーションによって大きな成果が表れています。例えば以前なら、患者さんに臨床試験に参加していただくためには、まずはそのための治験実施施設を立ち上げ、その上で対象となる患者さんを探していました。しかし現在では、データやAIを使って、臨床試験のプロトコール最適化と潜在的な患者さんの特定をすることが可能になりました。すでに日常に浸透しているタブレットやスマートウォッチなどは、チェストパッチなどのウェアラブル技術と合わせて、デジタルエコシステムの一部となり、リアルワールドデータを収集して医薬品開発プロセスに有意義な情報を提供できる上、そのスピードを向上させることができます。現在では、比較的シンプルな方法で、心拍反応から睡眠サイクルまで、さまざまなデータを大規模かつ非常に具体的に収集できるようになりました。その結果、以前なら入手できなかったような貴重な知見を臨床医や研究者に提供できるようになっています。こうして収集したデータは、より適切な臨床試験の設計に活用できるほか、安全性および有効性に関する新たな情報源となるため、新しい治療方法の迅速な開発や提供に寄与します。2024年1月には慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)患者さんを対象として、米国FDAよりGAMMAGARD LIQUIDが承認されましたが、その際も、タケダがライセンス供与したデータベースを使用したリアルワールドの研究データがエビデンスとして参照されました。このアプローチにより、無作為化プラセボ対照試験を回避できたため、コストを大幅に削減するとともに、開発に要する期間も数年単位で短縮することができました。
品質と効率性が重要となる製造および品質管理においては、製造過程で発生する可能性のある逸脱の管理や調査を迅速化する目的で、リスク分類および逸脱集計にAIや機械学習(ML)を活用するために概念実証(PoC)を実施しています。総合的な試験で問題がないことが確認されれば、2024年度中には製造拠点全体に導入していく予定です。
サプライチェーンにおいては、コスト効率の向上とプロセスの高度化にAIやMLを活用しています。例えば、出荷および配送分野でのデジタルツイン技術の活用です。これにより、複雑な配送ネットワークの構造をモデル化し、コストや顧客サービスレベル、リードタイム、環境負荷、事業の回復力、リスクといったさまざまな要素の適切なバランスを特定していくことができます。
販売活動においては、予測分析アルゴリズムを使用して、個々の医療従事者に合わせたデータ主導のアプローチを実践すること、そして効率性と有効性を最大限に高めることを目指しています。また、患者さんとのコミュニケーションにデジタルを活用し、患者さん支援プログラムを改善することにも取り組んでいます。これにより、私たちとのコミュニケーションの選択肢を増やし、患者さんの負担を軽減することができます。例えば、チャットボットやデジタルを活用した情報登録、ケースステータストラッカー、個々に応じたコンテンツの個別化など、患者さんの使いやすさを念頭に、さまざまな機能を導入しています。また、これらのツールにより、社内の生産性も向上しています。
社内業務においてもデジタルツールを導入し、効率性と生産性の向上に努めています。例えば、日常業務にもAIを活用し、文章の作成や修正、要約を迅速に進めています。また、従業員向けのサービスデスクでは、各言語に対応した単一のプラットフォームを通じて、生成AIによるアシスタントが従業員からの質問に回答したり、必要な対応を実施しており、サービスデスク担当者の負担を軽減しています。また、世界各地で働く従業員が他言語で書かれた文章を自分の言語に瞬時に置き換えられるAI翻訳ツール「トランスレーションハブ(Translation Hub)」も導入しています。標準業務手順書(SOP)においても、生成AIを活用してSOPの作成や管理、利用を自動化および標準化することで、プロセスを最適化しています。このように業務を最適化し、従業員が本来の力を発揮できる環境をつくるためには、適切な人材に適切な業務や役割を割り振ることが重要です。そこで当社は今年、従業員が社内で成長やキャリアの新しい機会を見つけられる「キャリアナビゲーター(Career Navigator)」というAI搭載の人材マーケットプレースプラットフォームを導入しました。この双方向型のツールでは、従業員に社内公募の機会を推奨するほか、従業員の伸ばしたいスキルを特定し学習機会を提案することで生涯学習をサポートしたり、自身の成長を助けるメンターを紹介することも可能です。
DD&Tの活用を進めていくにあたり、インフラとトレーニングのあり方も包括的に見直しています。その一環として、イノベーションケイパビリティーセンター(ICC)を設立して社内のデジタル能力開発の向上に努めています。デジタルに精通した人材を社内に置くことで、社外パートナーへの依存度を減らし、事業の持続可能性を高めようとしています。すでにスロバキア、メキシコ、インドにICCを開設していますが、2024年度末までに、世界全体で4カ所まで増やす予定で、今後も事業の必要性に応じて拡大していく計画です。また私たちは、各種契約を最適化し、データセンターの閉鎖とクラウドへの移行を進めることで、デジタル技術にかかわるコストを削減していこうとしています。このように私たちは、テクノロジーを進化させていくことで、絶え間ない変化に備えていますが、そこで極めて重要になるのが、サイバーセキュリティと信頼性の確保です。当社が他社に先駆けてこの分野に注力していることは、サイバーセキュリティおよびデジタルトラストの部門を設置している数少ない製薬企業のうちの1社であることにも表れています。当社には、サイバーセキュリティ、リスク、コンプライアンスに関する確かな基盤があり、その基盤を礎として、サイバーセキュリティおよびデジタルトラストの専門チームが私たちのデジタル利用におけるリスクと脅威の最小化に努めています。また、セキュリティ上の脅威に対応するためのシナリオプランニングを行い、迅速で透明性の高い対応を通じてステークホルダーからの信頼確保に取り組んでいます。さらに、当社では最先端のテクノロジーの倫理的かつ責任ある開発と利用を可能にするため、デジタルエシックス&コンプライアンス部門を設立しました。
私たちは、データおよびAIが持つ力を最大限に活用するには、そのためのスキル開発が極めて重要だと考えています。現在の役割におけるスキルの強化、今後必要になる役割のための新しいスキルの導入、今後必要性が減少する傾向にある役割に備えたリスキリングに取り組んでいます。現在、2万7,000人以上の従業員がデジタル技術を積極的に学んでおり、そのうちロボットを活用したプロセスの自動化(RPA)に関するトレーニングを修了した従業員は4,000人に及びます。ここで学んだ技術は業務の合理化および効率化に寄与します。
当社では、14名の取締役(うち11名は独立社外取締役)と3つの委員会(監査等委員会、報酬委員会、指名委員会)を設置することで、私たちの戦略とその遂行、取締役の後継者計画や報酬等に関して強固なガバナンス体制を有しています。タケダ・エグゼクティブチーム(TET)は、9つの国籍に及ぶ、女性9名、男性8名で成る17名のメンバーで構成されています。そして、当社の事業と世界約80カ国・地域にいる約5万人の従業員を率いていくことが可能な経験と多様性、行動力を備えています。
当社のコーポレート・ガバナンスに対する考え方やその体制の詳細については、こちらのウェブページをご覧ください。
このレターを通じて、当社の進展について、またいくつかの経済大国の医療制度の現状に関する私の見解についてより一層株主の皆さまにご理解を深めていただけたのであれば幸いです。
持続的な薬価削減の圧力の中でもイノベーションを創出する能力と競争を可能にする製品ポートフォリオを通じ、これから私たちは成長軌道への回帰を実現することができると考えています。
最後に、株主価値の拡大に向けた強い決意をお伝えしたいと思います。既存のポートフォリオがもたらす成果と利益に加えて、将来の成長に向けた投資が企業価値を向上させると考えています。この業界に内在するリスクに備えて強固な財務基盤を構築しつつ、革新的な医薬品を開発していくには、絶妙なバランスでのかじ取りが必要です。患者さんに持続的な価値を提供し、株主の皆さまに魅力的なリターンを提供できるよう、研究開発への投資は、最も有望な治療薬候補に対して十分な資金が配分されるよう、入念に配慮してまいります。
血漿分画製剤や新製品など、成長が見込める分野に投資を集中させるとともに、研究開発の強化や社外パートナーとの提携によるパイプラインの充実を戦略的に行っています。また負債削減に向けた順調な進捗や、持続的な成長が見込まれる当社のポートフォリオに鑑み、2023年度には年間配当金を15年ぶりに増額する決定を行いました。当社では、毎年の年間配当金を増額または維持する累進配当の方針を採用しています。2024年度についても、今月発表した通り、年間配当金を再び増額し、1株当たり196円とする意向です。
変化の激しい環境下で事業運営を図る上で、私たちが目指す未来に向かって、明確な展望を持ち、規律ある資本配分戦略に沿って、有望なパイプラインを前進させ、Core営業利益率の目標を達成し、株主価値を生み出していきます。私たちは、成長製品・新製品の成長を継続的に推進し、後期開発段階にある6つの有望なプログラムを進展させることで、当社の事業を成長へと導きつつ、引き続きコスト削減を図り、Core営業利益率を30%台前半から半ばにするという目標の達成に努めてまいります。
このたび、2024年度から複数年に及ぶ、大規模な効率化プログラムを発表しました。このプログラムは、組織の機動性の向上、調達コストの削減、AIを含むデータ・デジタル&テクノロジーへの継続的な投資に注力します。私たちが今日行っている数々の戦略的意思決定は間違いなく、バイオ医薬品企業のグローバルリーダーとしての当社のポジションを確固たるものにするとともに、ヘルスケア業界が直面する将来における課題への備えになるものと、私は確信しています。
Dedicated to sustainable value for shareholders
私たちが使命を全うするために信頼し、支援してくださっている皆さまに心から感謝申し上げます。来る定時株主総会で皆さまをお迎えできることを楽しみにしていますし、これまで長く受け継がれてきた革新性と世界中の患者さんに貢献するという強い思いを実現させるべく邁進します。
武田薬品工業株式会社 代表取締役社長CEO
クリストフ・ウェバー